一世風靡した馬
1990年代初頭に名ステイヤーとして一世を風靡した馬にメジロマックイーンがいます。祖父メジロアサマ、父メジロティターン、そして当メジロマックイーンと親子三代の天皇賞制覇という競馬史に残る偉業を達成した名馬です。
メジロマックイーンの主戦騎手といえば、武豊騎手が思い浮かびます。彼を背に春の天皇賞連覇や宝塚記念制覇を成し遂げたからでしょう。しかし4歳時(現3歳)菊花賞に挑んだ際には、武騎手ではなく、当時デビュー3年目であった内田浩一騎手が手綱を取っていました。
メジロマックイーンのデビューは遅めで、4歳の2月でした。
デビュー戦を快勝したものの、脚部に不安のあった彼は休養に出されます。夏に復帰した後は条件戦を連勝し、菊花賞を目指すべく10月の嵐山ステークスに挑みます。しかしこのレースで痛恨の2着、賞金面で菊花賞出走が難しくなってしまったのです。
幸いにして出走予定馬に回避が出、菊花賞に出走することとなりました。騎手も乗りかわりの話がありましたが、これまで同様内田騎手に決まります。内田騎手にとっては嵐山ステークスでの汚名を雪ぐ絶好の機会となったのです。結果は2着のホワイトストーンを1と1/4馬身つけての完勝でG1タイトルを獲得となりました。
しかし古馬となると、天皇賞3代制覇のための鞍上強化目的なのか、内田騎手から武騎手への乗りかわりが発表されます。これ以後、次々と記録を塗り替え桧舞台を歩み続けた武騎手とは対照的に、内田騎手の名前は大レースに上ることはありませんでした。90年代は競馬ブームおこった時代でした。内田騎手はそれに翻弄されたひとりでしょう。
2011年9月13日
